事例紹介

【事例紹介】被相続人が香港に財産を保有していた場合の相続手続き

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被相続人:父(日本国籍、日本居住)
相続人 :長女(日本国籍、日本居住)、二女(日本国籍、日本居住)
相続財産:日本国内に不動産2億円や現預金を0.5億円、香港の銀行口座に現預金1億円

  • 遺言は作成されておらず、遺産分割協議を経て、法定相続分で相続財産を分割
  • 被相続人は、長年上場企業の香港子会社において勤務しており、給与のほとんどを香港の銀行にて貯金していた

相続税の納税期限までにプロベートが完了せず、一部不動産を売却することに・・・
被相続人と相続人がともに日本居住者のため、被相続人が保有する全世界の相続財産に対して、日本の相続税が課税される。本事例は、香港に財産を保有している場合に生じる相続手続きであるプロベート(Probate)により、相続税の納税資金が足りず、不動産を売却せざる負えなくなった。

 

結論

  • 香港の現預金1億円について、香港裁判所での許可が下りなければ、日本への送金ができない
  • 香港に財産がある場合にはプロベートと言われる手続きが必要のようだが、何から手を付けていいのか分からない
  • あたふたしている間に時間は過ぎてしまい、気が付けば相続税の申告期限及び納税期限の直前
  • 日本に残された流動資産は現預金0.5億円のみのため、相続税の納税資金が足りない
  • 慌てて不動産を売却して、納税資金を確保した
  • 被相続人の財産の所在について、相続人が把握していなかった
  • 海外に財産を保有している場合の注意点を見逃していた(いわゆるプロベート対策を行えていなかった)
  • 相続発生後に専門家へ相談するのが遅かった、または相談した専門家が国外財産に対しての知識が乏しかった 生前に検討すべきだった対策
  • 被相続人の存命中に香港にある財産を換金及び日本へ送金する
  • 香港の財産に対して、信託(Trust)の設定を行うことで、生前に受益権を移転する
  • 香港における口座や不動産について共有名義(Joint)にすることで、相続発生後にプロベート手続きを経ずに名義を共有者へ移るようにする

 

≪ 香港における相続手続き ≫

① 香港における相続手続き

香港に財産を保有している方が亡くなった場合には、プロベート(Probate)と呼ばれる香港裁判所の検認手続きを行わなければならない。プロベート手続きを経て、裁判所の許可を取得して、はじめて財産の名義変更が可能となる。
つまり、プロベート手続きが完了するまで、相続人であったとしても、香港の財産を自由に動かすことができない。
なお、プロベート手続きの対象となるのは、香港に所在する財産のみであり、日本の財産は対象とならない。

 

② プロベート手続きとは

プロベート手続きとは、英米法系の法体系を採用している国で多く用いられている相続手続きである。被相続人の財産に対して、遺言がある場合には遺言執行人が、遺言がない場合には遺産管理人が、適切に遺産を処分し、分配するために定められている。香港をはじめとして、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポールなどの国が英米法系を採用しているが、プロベート手続きは国ごとに異なる。
一方で、日本は大陸法系の法体系を採用しているため、被相続人の遺言、遺言がなければ遺産分割協議書を作成し、自由に名義変更を行うことが可能であり、裁判所の許可を不要である。日本人は、日本の感覚で海外の財産を保有しているため、プロベート対策を行わず、プロベート手続きに直面した際に困惑するケースが多く見受けられる。

 

③ 香港における具体的なプロベート手続き

香港の財産に対して「遺言がある場合」と「遺言がない場合」で手続きが異なる。

■ 遺言がある場合
遺言において定められた遺言執行人(Executor)が裁判所に対して、被相続人の遺産管理及び清算をする旨の許可の申立てを行う。遺言執行人が申立てを行い、裁判所からプロベート付与(Grant of Probate)されてから、被相続人の財産を遺言通りに分配する手続きが可能となる。
なお、遺言執行人が日本に居住しておらず、手続きを行うことが困難な場合には、代理人制度を利用することも可能。

■ 遺言がない場合
被相続人が遺言を残されていない場合には、遺産管理人(Administrator)の申立てを行い、選任された遺産管理人が裁判所から遺産管理状(Letters of Administration)を取得し、被相続人の財産を管理・清算を行う。

手続きに係る時間は、どちらの手続も短くて1年程度、長ければ3年以上かかる場合もある。自身で手続きができない場合には、香港法弁護士に代理申請を依頼する必要があり、手続き費用も多額に生じる。弁護士報酬が香港にある財産より高額のため、香港にある財産を日本に引き戻すことを諦める、といったクライアント様も多くいた。

 

④ 手続きに必要となる書類

日本居住者が、香港のプロベート手続きを行う場合には、一般的に以下のような書類を香港裁判所に申立書に添付して提出する。

  • 死亡を証明する書類
    除籍謄本では裁判所が受付けない可能性が高い。一般的には、死亡届を提出した市区町村から発行される死亡届受理証明書を準備するが、裁判官によっては、法務局による死亡届記載事項証明書の提出を求められる場合もある。
  • 被相続人及び相続人の全部事項証明
  • 遺言書または遺産分割協議書
  • 被相続人及び相続人のパスポートの写し

上記書類は英文に翻訳する必要があり、さらに、死亡を証明する書類と全部事項証明は、アポスティーユを取得しなければならない。アポスティーユとは、「外国公文書の認証を不要とする条約」に基づく外務省の証明であり、アポスティーユを取得することで、香港裁判所でも有効な書類として認められる。
書類を集めてアポスティーユを取得する、それだけでもかなりの時間を要し、大きなストレスとなる。かつ、その他にも様々なFormを英文で作成して香港裁判所に提出することになるため、日本居住者が自力で手続きを実施することはほぼ不可能と考えられる。

 

⑤ 香港における法定相続分及び遺留分

遺言がない場合には、法律で定められた法定相続人に対して法定相続分に従い分配する。香港における法定相続人とそれぞれの相続分は以下の通り

■ 配偶者がいる場合
(1) 配偶者のみ
全資産を配偶者が取得する

(2) 子供がいる場合
配偶者・・・家財+HK$500,000+(全財産-(家財+HK$500,000))×1/2 子供・・・(全財産-(家財+HK$500,000))×1/2

(3) 子供がおらず親がいる場合
配偶者・・・家財+HK$1,000,000+(全財産-(家財+HK$1,000,000))×1/2 親・・・(全財産-(家財+HK$1,000,000))×1/2

(4) 子供、親ともにおらず、兄弟がいる場合
配偶者・・・家財+HK$1,000,000+(全財産-(家財+HK$1,000,000))×1/2 兄弟・・・(全財産-(家財+HK$1,000,000))×1/2

■ 配偶者がいない場合
子供⇒親⇒兄弟⇒祖父母…の順番で相続する

なお、日本では、遺言がある場合でも遺留分という問題が生じるため、遺留分を考慮して遺言を作成しなければならないが、香港では遺留分という概念はない

 

⑥ 香港の相続税

2020年6月時点において、香港では相続税の課税はない。また、贈与税の制度もなく、資産の譲渡に対する譲渡益課税も生じない。
しかしながら、日本居住者が香港財産を贈与または譲渡する場合には、日本において課税が生じる可能性があるため注意が必要。

 

≪ ご相続が発生する前に ≫

① 被相続人がどのような財産を保有しているのかを正確に把握する
② 海外財産を保有する場合には、財産所在地国における相続手続きや相続税について把握する
③ プロベートが必要な国に財産を保有していた場合には、以下の対策を検討する

  • 被相続人の存命中に香港にある財産を換金及び日本へ送金する
  • 香港の財産に対して、信託(Trust)の設定を行う。
  • 香港における口座や不動産について共有名義(Joint)にする。

④ 税金のみならず、相続手続きも考慮して、適切なプランニングを検討する

 


 

2021年3月3日(月)