海外デスクレポート

2026年9月15日

中国労働法務コンプライアンスの課題 (中国)

中国労働法務コンプライアンスの課題 (中国)

中国の労働法規体系は、2008年以降継続的に整備・発展しており、使用者側の労務管理に対して、より厳格かつ精緻なコンプライアンス対応を求める方向にあります。中国に拠点を設ける日系企業にとっても、就業規則および労働契約を適切に整備し、労務コンプライアンス管理体制を構築することは、中国で事業を展開する上で避けられない重要な課題です。

1. 就業規則の法的効力と整備における重要ポイント

法令上、使用者は労働規律および社内規則を適法に確立・整備することで、労働者が労働上の権利を有し、労働上の義務を履行できるよう保障しなければなりません。ただし、就業規則は、使用者が一方的に制定しただけでは、労働者に対する拘束力を有するものとして認められません。法的効力を有する就業規則と認められるためには、「内容の適法性」「手続の民主性」「周知・開示」の三つの要件をすべて満たす必要があります。それぞれの要件について以下、説明します。

① 内容の適法性

内容の適法性とは、就業規則の各条項が法律・行政法規の強行規定に違反していないことをいいます。例えば外国企業が誤解しやすい典型的な分野として、違約金条項が挙げられます。日本企業では、一般的な契約実務の感覚から、労働契約や就業規則に広く違約金条項を置くことで、労働者の行動を拘束できると理解しがちです。しかし、中国法上、使用者が労働者に対して違約金の支払いを約定できるのは、勤務継続義務期間違反に係る違約金および競業避止義務違反に係る違約金という、法定の二つの場合に限られます。
したがって、労働契約または就業規則にその他の違約金条項を設けても、強行規定に違反するものとして無効となります。実務上よく見られる無効な違約金条項の例として、早期退職に係る違約金、試用期間中の退職に係る違約金、業績目標未達成に係る違約金などが挙げられます。
また、就業規則において、罰金・罰則条項(例:「遅刻による賃金の控除」「欠勤による賃金の控除」など)を設けることも、使用者に罰金権が認められていない以上、違法・無効となります。自然人である従業員に対する罰金権は公権力の行使に属し、私人である企業がこれを行使することはできません。さらに、人身の自由または人格の尊厳を制限する条項、婚姻・出産を制限する条項、法定権利の放棄を求める条項、試用期間の法定上限を超える条項も、同様に無効と判断されるリスクがあります。

② 手続の民主性

賃金、労働時間、休憩・休暇、労働安全衛生、保険・福利厚生、職業訓練、労働規律、従業員の作業量・生産量基準の管理制度など、労働者の利益に直接関わる就業規則を制定・改正する場合、使用者は民主的手続を経る必要があります。一方、印鑑管理制度や文書管理制度など、労働者の利益に直接関わらない規則については、通常、使用者の経営自主権の範囲に属し、民主的手続までは要求されないと解されています。
民主的手続は、主に二段階に分けて整理できます。第一段階は、審議および意見募集です。使用者は、起草した就業規則案を職工代表大会または全従業員に付議し、従業員または従業員代表から意見・提案を聴取します。実務上は、会議の少なくとも7日前までに規則案および「意見フィードバック表」を配布し、意見提出期限を明示することが望ましいといえます。審議は対面会議のほか、電子メール、OAシステム、企業微信等を用いた非対面方式でも実施可能ですが、収集した意見は分類・集約し、「従業員意見の集約および対応説明」として記録化しておく必要があります。職工代表大会を設置していない使用者は、全従業員会議を開催すべきであり、単なる「経営陣による検討」のみでこれを代替することはできません。
第二段階は、労使間の協議による内容の確定です。審議後、使用者は労働組合または従業員代表と内容について協議し、正式版の就業規則を確定します。労働組合がある場合は労働組合委員会を開催して審議し、議事録および表決結果に組合印を押印します。労働組合がない場合は、従業員が選出した代表者と協議します。労働組合も従業員代表もない場合には、全従業員会議または部門別協議会を開催し、出席簿および議事録を作成して保存します。
ここで特に留意すべき点は、中国法上の民主的手続は「まず民主、その後に集中」という原則に立脚していることです。すなわち、使用者は従業員の意見を十分に聴取し、必要な審議・協議を経た上で、最終的には使用者が規則の内容を確定します。民主的手続は従業員の知る権利および意見を述べる権利を保障する手続であり、労使間の合意成立までは要求していません。ただし、形式的に意見を求めただけで合理的な審議期間を確保しない場合、民主的手続を欠くものと認定される可能性があります。

③ 周知・開示

民主的手続を経て制定された就業規則であっても、労働者に対して周知または開示されていなければ、従業員に対する法的効力は生じません。実務上よく用いられる周知方法としては、書面による受領確認、集合研修、オンライン開示、掲示板掲示などがあります。最も確実な方法は、各従業員に規則文書を配布し、「制度理解確認書」等に本人の自署で「本書を閲読・理解し、遵守することに同意する」旨を記載させ、署名・押印を取得する方法です。
いずれの方法を採用する場合でも、証拠保存が極めて重要です。単なる「社内グループ通知」のみで確認記録がない場合や、「掲示板に掲示した」という主張のみで客観的証拠が残っていない場合、周知義務を尽くしていないと判断されるおそれがあります。使用者は、従業員の署名確認書類、会議出席簿、研修記録等を、後日の紛争対応を見据えて適切に保管しなければなりません。

2. 労働契約とその他の雇用形態

① 労働契約と労務契約の違い

中国の法体系において、「労務契約」と「労働契約」は一字違いに見えますが、その法的効果は大きく異なります。労働契約は、労働者と使用者が労働関係を確立し、双方の権利義務を明確にする契約です。これに対し、労務契約は、対等な私人間での労務を提供する契約です。両者は、主体資格、従属関係、適用法規、責任の負担等において根本的に異なります。

比較項目 労働契約 労務契約
社会保険
住宅積立金
使用者には、五険一金(養老・医療・失業・労災・生育保険+住宅積立金)への強制加入義務がある。 原則として加入義務はない。
労災補償責任 無過失責任を前提とし、使用者が法定責任を負担する。 過失責任を前提とし、過失割合に応じて責任を分担する。
契約解除・終了時の補償 法定要件に該当する場合、経済補償金または賠償金の支払義務が生じる。 原則として労働法上の経済補償金の支払義務は発生しない。
書面契約不締結の場合 採用日から一定期間内に書面労働契約を締結しない場合、倍額賃金差額の支払リスクがある。 労働契約法上の倍額賃金制度は適用されない。
残業代
年次有給休暇
労働者は、残業代、年次有給休暇等の法定権利を享有する。 労働法上の残業代・年休制度は原則適用されない。
責任の性質 民事責任に加え、行政責任が問題となる場合がある。 主として民事責任にとどまる。

※ 倍額賃金制度・・・会社が法定期間内に書面労働契約を締結しない場合、通常賃金に加えて追加の賃金支払義務を負う制度

中国の司法実務では、労働関係の認定において重視されるのは、契約書の名称ではなく、実質的な労務提供関係です。裁判所は、人格的従属性、経済的従属性、組織的従属性の三つの側面から総合的に判断します。たとえ「労務契約」と題する書面を締結していても、実際の労務提供の状況が労働関係の特徴を有する場合、裁判所はこれを労働関係と認定する可能性があります。

② パートタイム労働(非全日制用工)

パートタイム労働は、法令上明確に定められた柔軟な雇用形態です。時間給を主とし、同一の使用者において平均的な1日の労働時間が4時間を超えず、週の合計労働時間が24時間を超えないものをいいます。パートタイム労働は、フルタイム労働と比較して、口頭契約が可能であること、複数の使用者と労働契約を締結できること、試用期間を定めてはならないこと、いずれの当事者も随時通知して契約を終了でき、使用者に経済補償金の支払義務がないことなどの特徴があります。ただし、実際の労働時間が法定上限を超えないよう、勤怠管理を徹底する必要があります。

③ 労働者派遣

労働者派遣は、法令で特別に規定された特殊な雇用形態であり、その核心は「雇用」と「使用」の分離にあります。労働者は派遣元と労働関係を構築しますが、実際の労務提供は派遣先において行われます。労働者派遣は、臨時性・補助性・代替性を有する業務に限って認められています。また、派遣先で使用される派遣労働者の人数は、総雇用人員数の10%を超えてはなりません。左記の制限に違反する場合、労働行政部門から是正を命じられ、期限内に是正しないときは、人数に応じて過料が科される可能性があります。

④ 業務アウトソーシング

業務アウトソーシングとは、企業が特定の業務または機能を外部機関に委託する形態であり、その法的基盤は労働法ではなく民事契約にあります。アウトソーシングの核心は「成果物の購入」にあり、発注元は成果物にのみに関心を持ち、受託側従業員の管理には関与しないことが原則です。実務上最大のリスクは、「偽装アウトソーシング(実態は派遣)」と認定されることです。発注元が受託側労働者のシフト、勤怠、考課、賞罰を直接管理し、または発注元の就業規則の遵守を求める場合、「偽装アウトソーシング」と認定されるリスクが高まります。

⑤ インターンシップと定年退職者再雇用

インターンシップは、在学生が企業で実習を行う特別な形態であり、インターン生と企業との間の関係は、通常、労働関係ではなく教育実習関係と位置付けられます。ただし、インターン生の業務内容が教育実習の範囲を超え、長期のフルタイム就業など、安定的な指揮監督関係が認められる場合には、事実上の労働関係と認定される可能性があります。
定年退職者再雇用については、2026年7月1日に施行された「超高齢労働者の基本的権益保障に関する暫定規定」により、使用者は超高齢労働者と書面による雇用契約を締結し、契約期間、業務内容、労働報酬等を明示することが義務付けられました。

3. 有期労働契約の終了リスクと無期労働契約の適用

中国法は、労働契約を、有期労働契約、無期労働契約、および一定の業務の完了を期間とする労働契約の三類型に分類しています。このうち、有期契約と無期契約の選択および移行は、企業の労務管理において特に判断が難しい論点の一つです。
有期契約の期間満了時には経済補償金の支払リスクが生じます。中国法上、使用者が契約条件を維持または引き上げて更新を提案したにもかかわらず労働者が更新を拒否した場合を除き、有期労働契約の期間満了による終了については、使用者は経済補償金を支払わなければなりません。経済補償金は、労働者の当該使用者における勤務年数に基づき、1年につき1か月分の賃金相当額を基準として算定されます。

また、一定の要件を満たす場合、使用者には無期労働契約を締結する義務が発生します。①当該使用者において連続して10年以上勤務している場合、②連続して2回有期労働契約を締結し、かつ労働者に法定の過失事由がない場合、③使用者が採用日から1年を経過しても書面による労働契約を締結しておらず、労働者が更新を申し出た場合は、使用者は無期労働契約を締結しなければなりません。
実務上特に重要なのは、2回連続で有期労働契約を締結した後、労働者が無期労働契約への更新を求めた場合、使用者には更新を拒否する選択肢がないという点です。使用者が一方的に期間満了を理由として終了させた場合、違法終了と認定され、賠償金の支払義務が生じる可能性があります。近年の司法解釈では、契約期間の延長、自動更新、契約主体の変更等による回避手法についても、誠実信用原則に照らした厳格な判断が示されています。

総括すると、中国労働法の特徴は、労働者保護に重点を置き、使用者に多くの法定義務および立証責任を課している点にあります。中国の法環境に不慣れな日本企業が、日本本社の経営ノウハウや制度テンプレートをそのまま中国現地法人に適用すると、重大なコンプライアンスリスクを招くおそれがあります。就業規則における民主的手続の設計、契約類型の正確な選択、契約期間の戦略的な設定に至るまで、各段階において専門的な法律実務家の助言を受けながら進めることが望ましいと考えられます。

 


  • 記載された内容は執筆者個人の見解であり、当税理士法人の見解ではないことをご了承ください。
  • 本記事の内容は一般的な情報提供であり、具体的な税務・会計アドバイスを含むものではありません。
  • 税制改正により、記載の内容と異なる取扱いになる可能性がありますことをご了承ください。
  • 管傑

    この記事の著者

    管傑
    亚玛达商务咨询(上海)有限公司 法律顧問
    中国弁護士有資格者/法律修士

    中国ローカル法律事務所パートナーを経て2024年より現職。日系企業の法務・コンプライアンス、M&A、労働紛争、仲裁・訴訟対応で豊富な実績を持つ。亚玛达商务咨询(上海)有限公司では組織再編、進出・撤退支援、内部統制、不正調査等のコンサルティング業務においてリーガルアドバイザーを務める。
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