タイでの事業活動におきまして、一般的に経営課題として挙げられるのは、日本人駐在員の派遣に伴う人件費コストの増大と考えられています。日本本社基準の給与水準に加え、各種手当や税務・社会保険対応を含めると、日本人派遣は現地法人にとって中長期的に大きな固定費負担となりやすい傾向があります。実際、タイにおける日本人就労者数の推移からは、2015年時点では約3.6万人程度であったものの、その後は減少傾向が続き、2025年時点では約2.2万人程度まで縮小しています。現地人材の活用や業務のローカライズを進める一方で、日本人派遣人数の抑制・削減を図る企業が増加していることが窺えます。
もっとも、日本人派遣を単純に削減するだけでは、現地でのマネジメントやガバナンス、ノウハウ移転の観点から課題が生じるケースも少なくないことから、一定数の日本人配置を前提としつつ、総コストをいかに抑制するかが実務上の検討課題となっています。
このような背景のもと、近年では、日本人駐在員の配置を前提に、個人所得税負担の軽減を通じて企業および個人双方のコスト最適化を図る動きが見られます。本稿では、日本で支給された給与を含めてタイにおいて合算課税を行うケースを前提に、通常のタイ個人所得税(累進課税)とIBC(国際ビジネスセンター:International Business Center制度を活用した定率課税との比較を通じ、個人所得税軽減策としての位置付けおよび実務上の課題を解説します。
1. 個人所得税の税額
日本で支給された給与を含めてタイにおいて合算課税を行う場合であっても、IBC制度を適用した場合の個人所得税負担は、通常のタイ個人所得税(累進課税)と比較して、いずれの年収水準においても一貫して低水準となる結果が確認されます。特に、年収水準が上昇するにつれて両者の税負担差は拡大する傾向にあり、2,000万円超のレンジにおいては、年間ベースで100万円超の税負担差が生じる試算結果となっています。
この点から、個人所得税の負担水準のみを比較した場合、IBC制度は高所得帯において相対的に大きな効果を有する制度であると評価できます。

2. 2種類のIBC制度
IBC制度については、実務上しばしば一つの制度として理解されがちですが、実際にはその性質や位置付けが異なる複数の側面を有している点には十分な注意が必要です。具体的には、いわゆるIBCは、「国際ビジネスを実際に行う事業体としてのIBC(Doing Business)」と、「税務上の優遇措置を受けることを主目的とするIBC(Tax Advantage)」という二つの側面に整理して理解することができます。両者は同一の名称で呼ばれることが多い一方で、制度の趣旨、管理・監督の考え方、ならびに実務上の着眼点は必ずしも同一ではありません。BOIが事業活動としての認可・監督を担う一方、歳入局は法人税および個人所得税の優遇措置の適用を所管します。とりわけ重要なのは、IBCとしての税務上の優遇措置は、単に法人形態や申請手続を満たせば自動的に付与されるものではなく、当該法人が実態として国際ビジネスを行っているか、または税制優遇の趣旨に沿った活動実態を有しているかという点を前提として、所管当局による管理・監督の対象となる点にあります。

3. 実務上の障害
実務上、制度活用における最大のネックとして挙げられるのが、従業員10人の雇用要件です。制度上は日本人を含めた雇用も認められていますが、タイ人への統括業務に関する知識や手法の伝播という観点からは、一定数のタイ人を雇用することが望まれるケースが一般的です。また、営業活動や他のグループ会社との兼業ではなく、IBCにおける統括業務に専業で従事していることが前提とされる点も、実務上のハードルとなります。
このような人手不足かつ高度人材の確保が難しい環境下においては、当該10人雇用要件が、多くの企業にとって制度活用上の制約となっているのが実情といえます。なお、IBC制度における個人所得税の定率15%の優遇措置については、その適用対象が外国人に限定されている点にも留意が必要です。

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