海外デスクレポート
2026年3月25日
タイの個人所得税の優遇施策の活用(その2)(タイ)
前稿(その1)では、日本で支給された給与を含めてタイにおいて合算課税を行うケースを前提に、通常のタイ個人所得税(累進課税)とIBC制度を活用した定率課税(15%)との比較を通じ、個人所得税軽減策としての位置付けおよび実務上の課題を整理しました。
本稿(その2)では、個人所得税の検討にあたり、実務上あわせて確認が必要となるBOIにおける最低給与基準の改定および駐在員が利用可能なLTR(Long-Term Resident)ビザ制度を取り上げ、給与所得者に対する個人所得税の取扱いを中心に解説します。
1. BOIにおける最低給与基準の改定
BOI(タイ投資委員会)における外国人就労者の最低給与基準は、2025年6月5日付で公布された BOI 通達 No. Por.8/2568 により見直され、職級別に最低平均月額給与が明確に定められました。具体的には、Executive レベルで月額150,000バーツ、Management レベルで月額75,000バーツ(修士号以上の場合は50,000バーツ)とされ、給与水準が就労許可の更新・維持における重要な判断要素となっています。
これに対し、従来のBOI制度では、最低給与水準について明確な規定は設けられておらず、主として年齢要件や職務経験を中心に、実務上はケースバイケースで判断されてきました。今回の改定は、こうした従来の運用を前提としつつ、タイで受け取る給与水準を基礎に判断する方向性を示したものであり、今後の実務対応における一つの目途と位置付けられます。
出所:タイ投資委員会
por8_2568EN.pdf
por3_2567EN.pdf
2. 駐在員が利用可能なLTR(Long-Term Resident)ビザ
BOIが運用するLTR(Long Term Resident)ビザは、富裕層および高度人材の長期滞在を促進する目的で設計された制度であり、外国人給与所得者にとっては、個人所得税の取扱いとの関係で重要な検討対象となります。LTRビザは、①世界の富裕層外国人、②富裕層の退職者、③リモートワーカー(Work from Thailand)、④高度技能を有する専門家プロフェッショナルの4区分に整理されています。①および②は、タイ国内での消費を主眼とした区分であり、就労そのものは制度上想定されていません。③リモートワーカーは、海外の雇用主に雇用されたまま、タイに滞在しながら当該海外業務をリモートで継続することを想定した区分であり、LTR制度に基づくデジタル労働許可証が付随しますが、タイ国内の法人や機関のために就労することは認められていません。これに対し、④高度技能を有する専門家プロフェッショナルは、BOIが指定するターゲット産業に属する企業や研究機関等で、タイ国内において就労することを前提とした区分であり、個人所得税の軽減税率(17%)が適用されるのは、制度上、この④に限られています。なお、本制度は2022年9月より施行・運用されており、2025年以降は主として要件および運用面の見直しが行われています。

次に、高度技能を有する専門家プロフェッショナル(④)の資格要件を整理しますと、雇用先はタイ法人、高等教育機関、研究機関、政府機関等に限定され、BOIが指定するターゲット産業に属する業務に従事することが求められます。年収要件については、原則として直近2年間において年間80,000米ドル以上の個人所得が必要とされていますが、年間所得が40,000米ドル以上80,000米ドル未満の場合であっても、STEM分野の修士号以上を有する場合や、対象分野で5年以上の実務経験を有する場合には、例外的に認められます。雇用形態はタイ法人を雇用主とすることが前提とされ、企業派遣による出向形態も含まれます。就労にあたっては、LTR制度に基づくデジタルWork Permitが発給され、ビザ期間は5年ごとの更新制で最大10年となっており、配偶者および20歳未満の子等の家族帯同も認められています。

出所:タイ投資委員会
3. タイ法人のコスト削減効果
本社から派遣される日本人駐在員については、タイでは一般的に手取り保証が採用されています。ここでいう手取り保証とは、会社が負担する住宅費や各種フリンジベネフィットを含めた経済的利益を、すべて本人に帰属する所得として課税対象に含めた上で、当該課税により本人の可処分所得が減少しないよう、個人所得税を会社側が別途負担する仕組みを指します。すなわち、会社が負担する家賃やフリンジベネフィットは本人の課税所得に含まれる一方、その税負担は本人ではなくタイ法人が負担することが前提となっており、結果として本人が受け取る実質的な手取り額は税率の変更によって左右されません。
この前提のもと、LTRビザの高度技能を有する専門家に該当し、個人所得税率が累進課税(最高35%)から一律17%に変更される場合、課税対象となる所得の範囲は変わらない一方で、税額そのものは低減することになります。その結果、本人の手取りを維持したまま、個人所得税を負担するタイ法人側のコストを抑制できる点に、本制度を活用する実務上の意義があります。以下は、日本側給与を含めた年収を前提とし、会社が負担する住宅費等を含めて試算した比較例です。

4. 実務上の留意点
従来、日本人駐在員は日系タイ法人を雇用主とする通常の労働許可(ワークパーミット)に基づき就労してきましたが、LTRビザの「高度技能を有する専門家」に切り替える場合、労働許可はLTR制度に基づくデジタルワークパーミットへと変更されます。ただし、ワークパーミットの形式が変わる一方で、就労先は引き続き日系タイ法人に準拠して整理される点に留意が必要です。実務上は、雇用主、指揮命令関係、業務内容が従来どおりタイ法人ベースで整合していることを前提に、通常のワークパーミットからLTRデジタルワークパーミットへの切り替え対応が運用上のポイントとなります。
LTR高度専門家を用いたコスト削減について、現時点で日系企業における公開事例は見当たりませんが、制度上は高度専門家に該当する派遣日本人駐在員に対して適用可能であり、特に手取り保証を採用する企業においては、税率変更の効果が直接タイ法人のコスト削減として現れる合理的な選択肢といえます。なお、本制度の活用にあたっては、税務上の取扱いに加え、資格要件と就労実態との整合性を含めた事前確認が肝要です。
- 記載された内容は執筆者個人の見解であり、当税理士法人の見解ではないことをご了承ください。
- 本記事の内容は一般的な情報提供であり、具体的な税務・会計アドバイスを含むものではありません。
- 税制改正により、記載の内容と異なる取扱いになる可能性がありますことをご了承ください。
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この記事の著者
額田 正憲
税理士法人山田&パートナーズ
海外事業部1992年大手都市銀行に入行以来、タイ15年半、フィリピン2年勤務、東京でのアドバイザリー業務5年をもってアジア・オセアニアでのビジネス環境の改善に従事。2024年税理士法人山田&パートナーズ入所。各地域での経営環境・税務課題の解決に向けた支援に取り組む。
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