海外デスクレポート
2026年4月21日
外国人事業法におけるノミニー(名義貸し)摘発に向けた規制強化の動き(その1)(タイ)
タイにおける事業活動において、外国企業が直面する代表的な制度上の制約として、外国人事業法(Foreign Business Act)に基づく非製造業分野における外資出資比率49%制限が挙げられます。とりわけ、サービス業、卸売・小売業、各種支援業務など、実務上ニーズの高い分野の多くが外資規制の対象とされており、従来からタイに新たに事業拠点を設立する際の大きな障害となっています。
このような制度環境の下、外国企業は長年にわたり、合弁形態の採用や事業スキームの工夫、あるいはタイ人名義による株式保有(いわゆるノミニーの利用)などを通じて、外資規制を形式的に回避しつつ事業を行うケースが少なからず見られてきました。特に、経営や意思決定は実質的に外国側が担いながら、株主構成のみをタイ側多数とするスキームに関しては、タイ当局・タイ地場社会において、長年にわたり明確な是正措置が講じられてこなかった経緯があると考えられています。
一方で、近年においては、こうしたノミニー構造が外国人事業法の趣旨を潜脱するものであるとの問題意識が当局側で高まり、商務省事業開発局(DBD)を中心として、会社設立・登記段階における審査の厳格化が段階的に進められてきました。そして2026年に入り、株主資金の真正性確認を軸とする新たな規制が本格的に導入されたことにより、ノミニーの利用を前提とした従来型のスキームは、実務上、大きな転換点を迎えています。
本稿では、外国人事業法における外資規制を背景としたノミニー利用の実務的な経緯を整理したうえで、2012年以降の規制の変遷および2026年に本格稼働したノミニー規制強化の内容と、その実務上の影響について、2回シリーズで解説します。
1. ノミニー規制強化の流れ(2012年命令、15日ルール通知、2026年1月命令)
タイにおけるノミニー規制は、従来から一貫して存在していたものの、その実効性や当局の関与の深さという点では、段階的に性格を変えながら運用されてきました。とりわけ、2012年の命令、2015年のいわゆる「15日ルール」、そして2026年に本格稼働した今般の改正は、それぞれ規制の着眼点が大きく異なっています。
まず、2012年11月の命令(Order 205/2555)は、外国人が関与する会社構造を形式的に把握することを主眼とした制度でした。外国人出資が50%未満である場合、あるいは外国人出資がなくても外国人が取締役として関与する場合には、タイ側株主について銀行発行の残高証明の提出が求められましたが、あくまで株主であること・一定の資金能力があることを確認するにとどまっており、当該資金が株主自身の自己資金であるか、あるいは外国側からの貸付や一時的な資金移動であるかといった点までは、実務上では問われませんでした。
次に、2015年に厳格化されたいわゆる「15日ルール」は、規制の焦点を株主から会社そのものへと移したものです。新設や増資のタイ法人に対し、登記後一定期間内に、当該法人名義で資本金が実際に払い込まれていることを示す銀行証明の提出を「登記後15日以内」に求めることで、会社に本当に資本金が入っているかという点を確認する仕組みが導入されました。このルールは、資本金の実在性を担保するという意味では一定の効果を有していましたが、株主レベルでの資金の原資や、外国側からタイ側への資金供与の有無までは踏み込まない運用であり、ノミニー構造そのものを正面から排除する制度ではありませんでした。
これに対し、2026年1月に稼働した今般の改正(Order 2/2568)は、規制の性格が明確に一線を画しています。今般の改正では、外国人出資が50%未満の場合、あるいは外国人出資がなくても外国人が取締役として関与する場合について、タイ側株主に対し、過去3か月分の銀行ステートメント(取引履歴)の提出が求められます。ここで確認されるのは単なる残高ではなく、出資に至る資金の流れ・原資そのものです。
具体的には、出資直前に外国側から同額の資金が振り込まれていないか、出資後に資金が速やかに戻されていないか、株主の通常の収入水準と明らかに不整合な資金移動がないかといった点が、銀行取引履歴を通じて確認されることになります。これまで実務上見過ごされてきた「貸し付けた資金で株式を持たせる」スキームについて、資金の流れを見れば事実上判別できてしまう状態が生じています。
この点において、今般の改正は、ノミニー構造を疑う段階にとどまらず、自己資金で出資していない場合、その事実が銀行取引履歴を通じて外形的に把握され得るリスクを、現実のものとした点に最大の特徴があります。従来型のノミニー利用を前提としたスキームについては、もはや形式を整えれば通るという前提は成り立たず、実務上、明確な転換点を迎えたといえます。
| ① 2012年11月 命令205/2555 |
② 2015年3月(15日ルール)通知 | ③ 2026年1月施行 命令2/2568 |
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| 提出書類 | タイ側株主の残高証明 | 当該タイ法人の払い込み資本証明(銀行が発行するレター) | タイ側株主の銀行ステートメント・履歴3ヵ月 |
| 提出主体 | タイ側株主 | 当該タイ法人 | タイ側株主 |
| 制度の性格 | 株主を確認する形式基準 | 払い込み資本の実在確認 | 株主資金の真正性 |
| 目的 | 外国人(日本側等)関与の形式整理 | 登記後、暦日ベース15日以内に、実際に資本金が入っているかどうかをチェック | ・出資金の原資・出所が株主の自己資金かどうかを照会 ・本件③の施行で①を強化 |
| 判断 | 形式関与 | 払い込みの事実 | 外国人(日本側等)からの資金供与有無 |
| 対象 | 外国人出資が50%未満の場合 | 新設・増資のタイ法人 | 外国人出資が50%未満の場合 |
| 対象その2 | 外国人出資無し、取締役に外国人がいる場合 | ー | 外国人出資無し、取締役に外国人がいる場合 |
| 性格 | 株主の自己資金かどうか問わず | 実在確認含む | ノミニー(自己資金で出資していない)の調査 |
2. 今般の制度改正・運用強化(命令2/2568)による狙い
2026年1月に本格稼働した今般の改正(命令2/2568)は、ノミニー規制の着眼点を、従来の形式的な株主構成や払込結果から、出資に至る資金の原資および流れそのものへと大きく転換した点に特徴があります。
従来の実務では、株主が形式上タイ人であり、かつ会社に資本金が実際に払い込まれていることが確認されれば、その資金が株主自身の自己資金であるのか、あるいは外国側からの貸付や一時的な資金移動によるものであるのかといった点までは、ほとんど問われてきませんでした。その結果、外国側がタイ側株主に資金を貸し付け、その資金をもって株式を取得させるスキームであっても、形式的は成立してしまう余地が残されていました。
これに対し、今般の改正では、外国人出資が50%未満の場合、または外国人出資がなくても外国人が取締役として関与する場合について、タイ側株主に対し、過去3か月分の銀行ステートメント(取引履歴)の提出が求められます。ここで確認されるのは単なる残高ではなく、出資に至る資金の流れおよびその原資が、株主自身のものであるかどうかという点です。
具体的には、出資直前に外国側から資金が供与されていないか、出資後に当該資金が回流していないか、あるいは株主本人の通常の収入水準と不整合な資金移動が存在しないかといった点が、銀行取引履歴を通じて確認されます。これにより、第三者からの貸付金を原資として株式を取得させる構造については、外形的に把握され得るリスクが現実のものとなりました。
この点において、今般の改正は、ノミニー構造を形式的にチェックする制度ではなく、出資資金が株主自身の自己資金であるか否かを、客観的な取引履歴に基づいて確認する制度と位置付けられます。結果として、従来型のノミニー利用を前提としたスキームについては、「形式を整えれば登記が通る」という前提は成り立たなくなり、実務上、明確な転換点を迎えたといえます。
- 記載された内容は執筆者個人の見解であり、当税理士法人の見解ではないことをご了承ください。
- 本記事の内容は一般的な情報提供であり、具体的な税務・会計アドバイスを含むものではありません。
- 税制改正により、記載の内容と異なる取扱いになる可能性がありますことをご了承ください。
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この記事の著者
額田 正憲
税理士法人山田&パートナーズ
海外事業部1992年大手都市銀行に入行以来、タイ15年半、フィリピン2年勤務、東京でのアドバイザリー業務5年をもってアジア・オセアニアでのビジネス環境の改善に従事。2024年税理士法人山田&パートナーズ入所。各地域での経営環境・税務課題の解決に向けた支援に取り組む。
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