「売上規模的に、国税もIRSも移転価格に関連した税務調査にはこないはず」——多くの中規模企業がそう考えがちです。ですが現実は逆で、OECDが主導するBEPS(税源浸食と利益移転)強化の流れの中、関連者間取引がある場合でも年数億円規模でも調査対象になり得ます。
A. 日米税務当局がフォーカスする「利益配分」
税務当局がまず注視するのは、関連者間の利益配分が次のようなケースです。
- 日本本社が黒字/米国子会社が赤字
- 米国子会社が黒字/日本本社が赤字
- 両国側で赤字
いずれも「不適切な利益移転が行われているのではないか」という危険信号になり、日米両国の課税当局から重点的な調査対象となりやすい傾向があります。
そこで現実的な選択肢になるのが事前確認制度(APA:Advance Pricing Arrangement。以下「APA」という。)です。日米税務当局と、移転価格の算定方法や利益レンジ等を事前に合意し、将来3~5年の取扱いを確定する制度です。主なメリットは、二重課税リスクの回避、合意内容に沿って取引する限りの移転価格調査リスクの低減、将来の調査対応コストの圧縮です。
B. APAを検討すべき会社かどうかのチェックリスト
次のうち3つ以上当てはまるなら、貴社がAPAを検討する優先度は高いと言えます。
- 米国子会社が赤字/低い利益率(あるいは日本本社が赤字/低い利益率、両側で赤字/低い利益率)
- 親会社と子会社の利益率が、それぞれの機能やリスクに見合ってない
- 技術やブランド等の無形資産(知的財産)に関する取引がある
- 今後3~5年先まで事業形態が大きく変わらない見通しがある
- M&A・IPO・資金調達でDD(デューデリジェンス)が控えている
- 組織再編や機能変更の予定がある、または既に実施した
- 米国子会社側で将来の税務調査に対応できる体制が十分にできていない
- 外部要因で収益が大きく変動しやすい
- 無形資産の譲渡を予定している、または既に実施した
特に、組織再編や機能変更の局面(例:製造を日本に集約、米国子会社を販売代理店(コミッショネア)へ切り替え)では、過去分と将来分で論点が割れやすく、税務調査が入ってからの説明が難しくなりがちです。APAであれば、状況に応じて次のようなアプローチを柔軟に選択できます。
- 過去・将来を同一の移転価格算定方法で合意
- 過去・将来で異なる移転価格算定方法で合意
- 過去の取引に対し課税された場合は相互協議(MAP)で二重課税を回避し、将来はAPAで確実性を確保
C. APA申請コストは将来への戦略的投資
APA申請は会計事務所や税務コンサルティングファームに依頼することが一般的ですが、対応機関や手続き工数の面からそのコストは高額になりがちです。潜在的な否認リスクと比較して慎重な検討が必要です。加えて調査が入った場合の総コストまで含めて比較すると、「APAは高い」とは一概に言えません。むしろ将来の確実性まで得られる点を踏まえると、結果的にAPAを取得した方がトータルコストを抑えられるケースも多くあります。
- 数年分の毎年の文書化作成コスト(日本・米国)
- 想定追徴課税+米国側20%/40%ペナルティ+利子
- 調査対応の社内人件費・会計事務所等の外部費用
- 二重課税を回避するためのMAPにかかる費用
問題が顕在化してから受け身で対応しても結果的に移転価格の検証コストは発生してしまいますし、過去の取引価格は変更できないことから税務調査で否認された利益分の納税が追加で発生してしまい、他方の税務当局が逆の修正に応じてくれなければ二重課税が生じます。APA等を活用して事前に当局と協議しておけば、利益の否認で生じる納税が発生しないというメリットが大きいといえます。二重課税や想定外の追徴・ペナルティ、調査対応コストを抑え、キャッシュフローと事業運営の自由度を守れますので、APAは有効な選択肢です。
D. 中堅・中規模企業にとっての課題
APA対応は大規模上場企業が多くを占めていますが、中堅・中規模企業でも、日米いずれの税務当局からも移転価格調査を受ける可能性は十分にあります。とはいえ、中堅・中規模企業にとってのAPA導入のハードルは高く、対応の一本化が負担となっています。
特に効果の高い二国間APAでは、移転価格対応を日米両面から対応する必要がありますが、日米それぞれを別々の会計事務所や税務コンサルティングファームに依頼しては、限られたリソースでは、見解や対応の統一を図るには専門性も高く困難を極めます。現在、弊社では日米両面を一本化し対応できる移転価格対応チームを有しており、中堅・中規模企業にとっては日本法人側と米国現地法人側の負担の軽減が図れます。移転価格税制への不安やAPA導入についてご不明な点があれば、ぜひご相談ください。貴社の状況に応じた最適な解決策をご提案いたします。
- 記載された内容は執筆者個人の見解であり、当税理士法人の見解ではないことをご了承ください。
- 本記事の内容は一般的な情報提供であり、具体的な税務・会計アドバイスを含むものではありません。
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