米国移転価格税制への対応として、多くの企業は、文書化(移転価格レポート)と事前確認制度(APA)という二つの選択肢を前に検討を行います。
一般にAPAは、「移転価格リスクを大きく下げられる一方で、高コスト・複雑・長期化しやすい制度」と捉えられがちです。そのため、まずは文書化対応を選択する企業も少なくありません。
しかし、単年度の作成費用だけで両者を比較することは、必ずしも合理的とは言えません。
重要なのは、税務調査対応、相互協議(MAP)、利子・ペナルティー、さらには経営リソースの拘束といった影響まで含めた、中長期的な「総負担」の観点から評価することです。
米国移転価格税制と2つの主要な対応策
米国移転価格税制は、関連者間取引に対して独立企業間価格の遵守を求めており、税務調査リスクは制度上常に存在します。このリスクに対する主な実務対応が、以下の二つです。
- 文書化(移転価格レポート)
- APA(事前確認制度)
文書化は、移転価格の算定根拠を整理し、IRSに対する説明資料として機能します。また、適切に整備されていれば、ペナルティー回避という点で一定の効果があります。
一方で、文書化自体には法的拘束力がないため、移転価格更正の可能性を構造的に排除するものではありません。
これに対しAPAは、初期段階で作業工数と費用を投下する代わりに、税務当局との合意に基づき、合意期間中の予見可能性を高める制度です。
文書化対応の実務負担とリスクの所在
移転価格文書は、機能・リスク分析、比較可能性分析、ベンチマークなどを整理し、毎年更新が必要です。税務当局から要請があれば、定められた期限内に提出する必要があり、平時から継続的な運用負担が発生します。問題は、文書化が整っていても税務調査に発展し得る点にあります。調査に入ると、IRSからの質問状対応などにより、米国子会社および本社の担当者が長期間拘束されるほか、弁護士や会計事務所、移転価格コンサルタントなどの外部費用が増加します。
さらに、更正が行われた場合には、追加税額に加え、利子やペナルティーが課される可能性があります。相手国側で対応調整が得られなければ二重課税が顕在化し、その解消には相互協議(MAP)が必要となります。この過程では、日米税務当局間の調整に伴う追加の時間・費用・不確実性が避けられません。
このように、文書化は一定のリスク低減効果を持つ一方で、課税リスクを完全に排除できないため、結果として総負担が想定以上に膨らむケースもあります。実務上、案件によってはAPA対応より高コストとなる例も散見されます。
APA対応の負担実態と得られる効果
APAは、移転価格の算定方法や前提条件を税務当局に提示し、協議のうえで事前に合意する制度です。通常、対象期間は5~6年程度で、二国間APAの場合には当局間協議も含まれます。申請・協議段階では、文書化以上に詳細な事実認定や分析が求められるため、作業工数と費用(ユーザーフィーを含む)は初期に集中します。ただし、一度合意が成立すれば、合意条件を満たす限り、当該取引についての更正リスクや二重課税リスクは大幅に低減されます。
合意後の対応は、主として年次報告と条件遵守の管理が中心となり、調査対応の不確実性が下がることで、税務コストの平準化と中長期的な予見可能性の向上が期待できます。
また、副次的な効果として、価格設定プロセスやモニタリング体制といった、社内の移転価格ガバナンスを整備しやすくなる点も見逃せません。
文書化とAPAの実務的な比較
文書化とAPAは、以下のように整理できます。
- 文書化
初期負担は相対的に小さいものの、税務調査、更正、MAPといった不確実性が残り、結果として総費用が大きくなる可能性があります。
- APA
初期投資は大きいものの、合意による予見可能性の向上により、中長期的な総負担を抑えやすいのが特長です。
実務的には、小規模・低リスクの取引は文書化を中心に対応し、取引規模が大きい、利益への影響が大きい、無形資産など論点が複雑、二重課税になりやすい取引については、APAを戦略的投資として検討する、という整理が現実的でしょう。
いずれの選択を行う場合でも、前提となるのは、取引実態に即した分析基盤の整備と、リスクを可視化したうえでの意思決定です。
- 記載された内容は執筆者個人の見解であり、当税理士法人の見解ではないことをご了承ください。
- 本記事の内容は一般的な情報提供であり、具体的な税務・会計アドバイスを含むものではありません。
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