事前確認制度(APA)は、将来の関連者間取引に関する移転価格算定方法を税務当局と事前に合意することで、税務リスクや二重課税リスクを大幅に低減できる有効な制度です。一方で、実務の現場では「APAを選択したものの、想定どおりに進まず、結果的に時間やコストの負担が大きくなった」というケースも少なくありません。
以下では、日本企業がAPAで失敗しやすい代表的な3つのパターンについて整理します。
パターン①「APA=申請すれば安全」と考えてしまうケース
APAは、申請すれば自動的に税務リスクが解消される制度ではありません。実際には、申請前の段階で、取引実態、機能・リスク配分、利益水準の妥当性を十分に整理できていない場合、税務当局との協議が長期化し、場合によっては合意に至らないこともあります。
特に、過去の移転価格文書化や税務調査において整理が不十分であった論点を抱えたままAPAに進むと、それらの問題がAPAの場で改めて問われ、結果として調整負担が増大する可能性があります。APAは「申請すれば安心」という制度ではなく、事前の検討と設計の質が成否を左右する制度である点を理解することが重要です。
パターン② 日米チームの分断や担当者変更により、一貫性を失うケース
APAは通常、数年単位で進む長期プロジェクトとなります。そのため、日米それぞれの会計事務所において担当者が途中で変更されると、これまでの検討経緯や税務当局との交渉背景の引き継ぎに時間を要し、協議が停滞してしまうケースが少なくありません。
また、同じ会計事務所グループであっても、日本と米国では別ファームとなるため、業務の進め方や優先順位、費用体系に違いが生じることがあります。これらを十分に把握・モニタリングしないまま進めてしまうと、当初想定していなかったコスト増加やスケジュールの遅延につながるおそれがあります。APAにおいては、日米を通じたチームの継続性と、一貫した方針管理が極めて重要となります。
パターン③ 日本本社と米国子会社でゴールが共有されていないケース
米国子会社のCFOやCEOが米国人である場合、日本本社と同じゴールやリスク認識を必ずしも共有しているとは限りません。日本本社が重視する中長期的な税務の安定性と、現地経営層が重視する短期的な業績やローカルでの最適化が一致しないことは、実務上よく見られます。
このような状況では、日本本社と米国子会社の間に立ち、双方の意図や立場を整理し、同じストーリーとして税務当局に説明できる調整役が不可欠です。特に、米国側において日本企業の事情や意思決定プロセス、実務慣行を十分に理解し、日米双方の視点を踏まえて対応できる人材が関与することは、APAの成否を左右する重要な要素となります。
おわりに
APAは非常に有効な移転価格リスクマネジメント手段である一方、準備不足や体制設計の甘さ、関係者間の認識のズレがあると、想定以上の時間・コスト・人的負担を招く可能性があります。
重要なのは、「APAありき」で進めるのではなく、自社の事業実態、組織体制、将来戦略を踏まえたうえで、一貫性のあるチームと明確なゴール設定のもとで進めることです。APAの成否は、制度の選択そのものではなく、その進め方によって決まると言えるでしょう。
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