税のトピックス

2024年2月14日

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オーナー企業の法人税と資本コスト経営

オーナー企業の法人税と資本コスト経営

1.はじめに

会社の利益(所得)には法人税が課されますが、その対応として利益繰延による節税が行われるケースがあります。本稿では、そのような利益繰延策についてキャッシュの観点から見つめるとともに、上場企業に求められている資本コスト経営について紹介します。

 

2. 利益繰延と資金活用

オーナー兼社長が生命保険に加入し、そのうちの何割かを費用計上することで利益を圧縮する方法がよく見受けられますが、生命保険の本質である「もしも」のための企業防衛策の一環としてではなく(一部その目的もあるかもしれませんが)、数年後に解約する前提で加入しているケースが多いと思われます。

ここでは、そのような単なる利益繰延策が企業の資金活用に及ぼす影響について、単純化して考えていきます。

例えば、毎年2千万円ずつ5年間保険料を支払い、6年目に解約して1億円(返戻率100%)が返ってくる保険に入った場合、1年目から5年目は2千万円ずつ合計1億円が会社からキャッシュアウトすることになります。その代わり毎年の法人税は少なくなり、税率30%と仮定すると、年間6百万円、5年で3千万円のキャッシュアウトが抑えられます。一方、6年目は1億円が戻ってきて、その代わり法人税が3千万円増えることになります。

キャッシュの観点から考えると、5年間毎年1千4百万円のキャッシュアウト(2千万円の保険支出と6百万円の税金抑制)があり、6年目で7千万円のキャッシュイン(1億円の保険返戻と3千万円の税金支出)があることになります。(結果として、支出したキャッシュがそのまま返ってくることになります。)

この事例は簡単化のために、支出した保険がそのまま100%戻ってくる前提で、かつ、保険解約時に何らの手立て(改めて保険に入って節税する等)も行わなかった場合を想定しておりますが、キャッシュとしては、先に支出、あとで回収、という基本的な流れはどの事案でも同じです。

では、目の前の法人税節税によるキャッシュアウトは資金効率上どのような意味を持つのでしょうか。それを探るためには、貨幣の時間価値という概念を考えなくてはなりません。

一番身近な例では、キャッシュを支出せずに定期預金に預けた場合、5年間預ければ5年分の金利がつきます。貨幣の時間価値とは、時間の経過に伴って将来の価値が変わることを言いますが、あまりに日本の金利が低いため、この感覚はあまり無いかもしれません。

よりビジネスに即して考えると、企業に蓄積されたキャッシュを、より大きな果実を生み出す事業に投資することで、そのキャッシュは有効に活用され、新たなキャッシュを創出することになります。一方、そのような果実の大きな投資ではなく、節税を主目的とした利回りの低い保険に加入することで、本来見返りのある投資機会を逃すことになります。

すなわち、キャッシュを生み出さない資産に資金支出するということは、本来キャッシュが内包している時間価値や将来収益を獲得する可能性を失うことになり、実質的には損している、とも考えられます。

 

3. 上場企業に求められている資本コストの考え方

未上場のオーナー系企業で起こりやすい事例を通して資金活用について考えてきましたが、次に、上場企業において求められている「資本コスト経営」について紹介します。
少し複雑な内容になりますが、上場企業も未上場企業も、「資金をうまく活用できているか。」という基本的な考え方は同じです。

上場企業は投資者をはじめとするステークホルダーの期待に応えるために、資本コスト・資本収益性を十分に意識した経営資源の配分(調達した資金を何に活用するか)が重要とされています。
しかしながら、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況でした。

 

〜参考 伊藤レポート 20148月〜

資本主義の根幹を成す株式会社が継続的に事業活動を行い、企業価値を生み出すための大原則は、中期的に資本コストを上回るROEを上げ続けることである。個々の企業の資本コストの水準は異なるが、グローバルな投資家から認められるにはまずは第一ステップとして、最低限8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである。もちろん、それはあくまでも「最低限」であり、8%を上回ったら、また上回っている企業は、より高い水準を目指すべきである。

 

そこで、東京証券取引所は上場会社に向けて、単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を意識した経営を実践し、企業価値(株価)の向上を図るよう、要請を行いました。

 

4. 一般的な評価指標

どのような指標を用いるかについて、一律の定めはありませんが、例えば、資本コストを上回る資本収益性を達成できているか、PBRが1倍を割れていないか、などが分析・評価の例示として挙げられています。

 

(1) 資本コスト(株主資本コスト、WACC)

資本コストとは「出資者及び債権者の要求リターン」であり、彼ら投資家はリスクを取って企業に資金投下し、そのリスクに見合うリターンを要求します。株主資本コストは出資者の要求リターンであり、WACCは出資者と債権者の要求リターンの加重平均コストです。

この資本コストは変数にどのような数値を組み込むかによって様々な結果となり得るため、絶対的な数値ではなく、企業ごとに設定したうえで意思決定に活用していくものです。

 

(2) 資本収益性(ROE、ROIC等)
資本収益性とは調達した資金でどれだけ稼いでいるかを測る指標であり、資本収益性が資本コストを超えることが重要になってきます。

ROEReturn(当期純利益) On Equity(自己資本)の略であり、当期純利益÷自己資本で測られます。ROICReturn On Invested Capital(投下資本)の略であり、税引後営業利益÷投下資本(株主資本と有利子負債の合計)で測られます。

 

(3) 市場評価(PBR、PER等)
収益や純資産に対して、市場がどのように評価しているかを測ることで、成長性が投資家から十分に評価されているかを検討します。

PBRPrice Book-value Retio(株価純資産倍率)の略であり、株価÷1株あたりの純資産で測られます。現在の株価が1株あたり純資産の何倍であるかを示す指標ですが、PBR1倍を割ると、今後の事業継続価値よりも解散による株主への分配額の方が高いと評価されていることになります。

PERPrice Earnings Ratio(株価収益率)であり株価÷1株あたり当期純利益で測られます。1株あたりの当期純利益に対して、1株あたりの価格(株価)が何倍であるかを示す指標です。

 

5. まとめ

資金活用について様々な考え方がありますが、経営の意思決定にあたって必要な要素だと考えます。最初に挙げた事例は、保険に関わるいくつかの要素を捨象したものであり、また、必要な税金対策を行うことは企業経営上重要なことではあります。しかし、繰り返しになりますが、上場企業も未上場企業も、「資金をうまく活用できているか。」も大切な要素ですので、意思決定の際に考慮していただけますと幸いです。

 

執筆:馬瀨 洋二郎 masey@yamada-partners.jp

  • 馬瀨 洋二郎

    この記事の著者

    馬瀨 洋二郎
    税理士法人山田&パートナーズ
    シニアマネージャー 税理士

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