1. はじめに
相続時精算課税制度は、2023年度(令和5年度)税制改正により、2024年1月1日以後の贈与について、年間110万円までの基礎控除枠が新設され、年間110万円までの贈与は非課税かつ申告不要となりました。また、贈与額のうち基礎控除部分の金額は相続時の加算対象から除外されることとなりました。
被相続人が暦年課税制度により毎年の生前贈与を行っているような場合に、相続発生年度に敢えて相続時精算課税制度を選択するメリットはありませんでしたが、上記の税制改正により、相続時精算課税制度を選択するか否かで相続税の負担額に影響が生じることとなりました。
本稿では、相続発生年度に相続時精算課税制度を選択する場合の課税の影響と手続き上の留意点について説明します。
2. 相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母または祖父母から、18歳以上の子や孫に対して財産を贈与した際に選択できる贈与税の課税制度です。この制度を選択すると、財産を一定額まで贈与税負担なく贈与することができますが、贈与者が亡くなった際には、本制度を利用して贈与した財産のうち一定額を亡くなった方の財産に加算して相続税が計算されることになります。
なお、相続時精算課税制度は一度選択すると、暦年課税制度に変更することはできませんので、選択にあたっては慎重な判断が必要です。
暦年課税制度と相続時精算課税制度の概要は下記の通りです。
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暦年課税制度
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相続時精算課税制度
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贈与者 |
誰でも |
60歳以上の者 |
受贈者 |
誰でも |
18歳以上の子又は孫 |
届出 |
不要 |
相続時精算課税制度選択届出書 |
控除額 |
基礎控除:年間110万円(受贈者ごと) |
① 基礎控除:年間110万円(受贈者ごと) ② 特別控除:累積2,500万円(贈与者ごと、複数年にわたることも可) |
税率 |
基礎控除を超過した部分につき10%~55%の超過累進税率 |
基礎控除と特別控除を超過した部分につき一律20% |
相続時 |
① 相続開始前3年以内~最大7年以内※の贈与財産のみ相続財産に加算(贈与時の相続税評価額) ② 3年超7年以内の贈与は合計100万円まで加算なし (注)被相続人から財産相続(みなし相続含む)しない場合は、相続財産に加算なし(相続開始年の贈与も贈与税課税) |
「相続時精算課税制度を適用した全ての贈与財産」から「年110万円の基礎控除累計額」を控除した残額を相続財産に加算(贈与時の相続税評価額) |
※ 2027年1月1日以後の相続より加算期間が順次延長され、2031年1月1日以後は7年となります。
3. 課税の影響
相続発生年度における贈与について、暦年課税制度と相続時精算課税制度を比較した場合、相続財産に加算される金額に違いが生じます。仮に相続発生年度に被相続人から財産相続した相続人へ300万円を贈与していた場合に、相続財産に加算される金額は下記の通りです(当該相続人は被相続人以外の贈与者から相続時精算課税制度による贈与を受けていない前提です)。
暦年課税の場合
300万円
→ 加算期間内(相続前3年以内~最大7年以内)の贈与財産であるため、全額が加算対象となります。
相続時精算課税の場合
190万円
→ 年110万円の基礎控除部分は相続財産への加算対象外であるため、
「300万円-基礎控除110万円=190万円」が加算対象となります。
上記のように、相続時精算課税制度の方が相続財産に加算される金額が少なくなります。
4. 手続き上の留意点
相続発生年度に初めて精算課税制度を選択する場合の提出書類は下表(1)の通り届出書及び戸籍謄本等の提出のみで、贈与税の申告納税手続きは不要です。提出期限や提出先は下表(2)の通り通常(相続発生年度以外の年度)の場合と異なります。特に1月から5月15日までに相続が発生した場合には、一般的には相続税の申告期限までが提出期限となります。また、年末近くに相続が発生した場合には、下表(2)①の提出期限まで短期間となるため、相続税申告の関与税理士へ贈与の事実を早期に伝えることをお勧めします。
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相続発生年度の場合 |
通常の場合 |
(1) 提出書類 |
• 相続時精算課税選択届出書※ • 受贈者の戸籍謄本または抄本その他の書類 |
• 相続時精算課税選択届出書 • 受贈者の戸籍謄本または抄本その他の書類 |
(2) 提出期限 |
下記のいずれか早い日 ① 贈与税の申告期限(原則として贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日まで) ② 贈与者の死亡に係る相続税の申告期限 |
贈与税の申告期限(原則として贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日まで) |
(3) 提出先 |
贈与者の死亡に係る相続税の納税地(被相続人の住所地)の所轄税務署 |
受贈者の贈与税の納税地(受贈者の住所地)の所轄税務署 |
※ 相続税の申告書を提出する必要がない場合であっても、相続時精算課税制度の適用を受けるためには、提出期限までに届出書を贈与者の死亡に係る相続税の納税地の所轄税務署長に提出する必要があります。
執筆:芳山 翔良 yoshiyamat@yamada-partners.jp