過去10年の間、米国税務調査件数は、極端なほど件数が減少してきています。これは予算削減や人員不足などの影響を受けたものですが、税務調査件数が減ることで、税務コンプライアンス意識が下がることも懸念されてきました。そこで、バイデン政権から、税務行政の見直しのため、IRS(米国内国歳入庁)には、巨額の資金が投入され、第二次トランプ政権下でもこれが継続されています。相対する税務調査件数の減少と予算増加は、選択と集中を示すことを意味します。今回はこれを解説していきます。
1. 減少する税務調査件数
IRSが毎年発表するDatabookによれば、法人税務調査の件数が全体的に減少傾向を示しており、2022年には史上最低水準となりました。例えば、総資産が5億ドル超の大規模法人に対する調査率は、2010年の45.32%から2022年には2.77%へと著しく低下しています。総資産1,000万ドル未満の企業についても、同期間で1.10%から0.17%へ減少し、1,000万ドル以上5億ドル未満の法人でも15.29%から0.80%と大きく下がっています。多くの日系企業は総資産1,000万ドル以上のカテゴリーに該当すると考えられ、この間は相対的に税務調査リスクが低い状況が続いていたと言えます。[ⅰ]
2010年から2022年におけるIRS税務調査の執行状況

2. 増加するIRS予算、選択と集中
バイデン政権下の2022年成立のインフレ抑制法により、今後10年間でIRSには約800億ドルの追加資金が投入されています。これにより、執行能力の強化、ITシステムの刷新、そして人員の増強が急速に進められています。特にIT基盤の近代化によるデータ分析能力の向上は、リスクの高い税務申告を効率的に特定する力を高めています。2023年10月20日には「大規模外国法人イニシアティブ」が発表されました。この施策は、継続的に損失または低収益を計上しているインバウンドの販売会社(約180の大規模外国法人の子会社)が主なターゲットとして示されています。
また、第二次トランプ政権下でも、紙申告書提出の制限、小切手還付や小切手納付の制限など、非効率な税務行政の見直しを進めています。第二次トランプ政権下で注目すべき点は、バイデン政権とは異なるIRS職員の大幅な人員削減です。人員不足が原因で税務調査件数が減少するという課題を抱えながら、人員削減をさらに実施するという一見矛盾する対策が取られています。実際には、その浮いた予算で、ITシステムや効率化に予算をより割く形になっている点が本質となっています。実際に、AIエージェントプラットフォーム「Agentforce」などの導入によって調査体制の効率化が着実に進行しています。また、人材は削減しているものの、移転価格の税務調査やAPA(事前確認制度)に関わる担当者を対象としたトレーニングは継続的に実施されており、高度な国際案件にも十分に対応できる人材の育成が進んでいます。
3. 日系企業への影響と対策
日系企業にとってもIT化、効率化の波は大きな変革をもたらせています。ITシステムを駆使することで時差があっても日本親法人側が主導する現地法人経営がしやすくなっており、経営分析においてもデータ分析は重要な経営判断材料です。現地完結でブラックボックス化してしまっていた企業にとって、この潮流にのって日本親法人側と米国現地法人側で共同した経営管理体制の見直しも行われています。
一方、前述のとおり、今後の米国税務調査は「人員投下型の調査の時代」から「データ分析を駆使した調査の時代」へと、量より質を重視していくことになります。併せて国際取引を行う企業を対する利益の海外移転の防止に着目しおり、内需拡大を重要課題におくトランプ政権においては、特に日本、アジア、中南米とのグループ内取引が多くグループ全体で利益率が高い日系企業は、注目されやすいポジションにあるといえます。
これらのことから、国際取引の多い日系企業にとっては、税務コンプライアンス体制の構築やグループ全体での移転価格税制対応はより重要となってきます。特に移転価格税制は、税務行政の効率化と過度な国際利益移転の抑止として、今後の税務調査の中心的役割となっていき、従前、敷居の高かったAPAもより身近になっていくと考えられます。移転価格に限らず、米国現地法人の現地駐在員はリソースが限られていることからもサポートする日本親法人側と併せて税務コンプライアンス体制の構築が不可欠です。
[ⅰ] 2020年から2022年までコロナ禍の影響もあり税務調査は激減しました。
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- 本記事の内容は一般的な情報提供であり、具体的な税務・会計アドバイスを含むものではありません。
- 税制改正により、記載の内容と異なる取扱いになる可能性がありますことをご了承ください。